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第2章:日本の近代化と新聞広告の展開
広告近代化の立役者
 新田宇一郎、吉田秀雄など  契約書のない業界
新田宇一郎の新聞広告の定義:「商品或は企業に対して、人の注意を惹き得る可能性の事業的構想」が広告で、「この事業的構想が、新聞紙面を媒體として、純粹に表現せられたものが新聞廣告である。」(1)事業の主体の意思をそのままに表現していることで、広告の要素を全部備えた記事があったとしても、それはあくまで記事であって、事業的構想の純粋な表現とは言えないという。新田宇一郎は1951年の時点でAIDMA理論について言及している。「廣告とは、注意を惹くこと、興味を感ぜしめること確信せしめること、欲望を起こさせること、及び行動を起こさせること、という五要素を具備することを必要とするもの」(2)
(1)新田宇一郎『新聞広告論』日本電報通信社、1951年2頁より引用
(2)新田前掲書3頁より引用

 新聞広告の戦後の歴史
1945年 表裏2ページの新聞に短冊形の広告が多い。
1949年 1月色刷り新聞広告。4月戦後初、1ページ広告。7月あぶりだし広告。
1950年 5月日本新聞広告業協会発足。
1955年 2月衆議院総選挙広告費1億8,000万円。この年から「日本の広告費」推定開始。
1956年 1月 広告の社会的役割をめぐって論議 
1962年 5月 広告の役割について広告界と政界の懇談会。
1969年 日本広告学界発足
1971年  新聞広告審査協会設立
1975年 テレビ広告費が新聞広告費を上回る
1990年 2月企業メセナ協議会が発足。新聞クーポン広告解禁
1993年 インターネット商用サービス開始
1997年 ピープル・メーターによる個人視聴率調査開始
「マスメディア年表」藤竹暁『図説 日本のマスメディア』vii〜viiiより抜粋
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